『ドラゴンクエストI』を再評価してみた!

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タイトル

カセットの中に広がっていたのは、風の大地アレフガルドでした。

こんにちわ、レトロゲームレイダース@ジョーンズ博士だ。  

今回、発掘した作品は、エニックスが1986年にファミコンで発売した国産RPGのキング・オブ・キングス『ドラゴンクエストⅠ』だ。

近年では、「ドラクエってすでにオワコンなんじゃねーの?」という発言をするお子様も増えてきたと聞く。まったく嘆かわしいかぎりだ。私の知り合いのゲーム系専門学校生にいたっては「堀井雄二って誰?世界の小島監督なら知ってるけど…」と、のたまう始末。まったく、日本はどーなっているんだ。そんなわけで今回は、『ドラゴンクエスト』の魅力について講義を行なっていこう。

この内容を踏まえて、もう一度ドラゴンクエストを向き合って、その面白さを全身で感じていただければ幸いである。

slimeファミコンのために作られたコンシューマRPG
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まず、大前提として意識しなければならないのは、 「ドラゴンクエストとはファミコンのために作られた国産初のコンシューマRPGである」 ということだ。 もちろん、私はドラクエがMSXやMSX2で発売されたのも知っているし、ドラクエ以前に『無幻の心臓II』や『ハイドライド』、『ドルアーガの塔』、『ザナドゥ』といった国産RPGが存在したことも知っている。だが、あえてそう言ったのは、国産RPGの歴史はドラゴンクエストからはじまったといっても過言ではないと思っているからだ。

ここからは少し昔話をする。

1985年、『ポートピア連続殺人事件』でファミコンにPCゲームのADVの面白さを伝導した堀井氏はエニックスのゲームプロデューサー千田氏に「今度はRPGを作りたい」と提案した。元々、堀井氏はアップルII版の『ウィザードリィ』でコンピュータRPGにハマったゲーマー。自分のRPGを作るのはひとつの夢であった。しかし、千田氏は首を縦には振らない。堀井氏がRPGを作ろうと考えていたファミコンの主な購買層は小中学生。人気のゲームは『スーパーマリオブラザーズ』といったACTが主流。「そこに、コアゲーマーの娯楽ともいえるRPGを持っていってもヒットはしない。すぐに飽きられてしまうだろう」。それが千田氏の見解だった。

落胆する堀井氏。しかし、彼に味方する存在があった。それが、若き天才プログラマー・中村光一氏(現:チュンソフト代表)。中村氏は千田氏をこう説得する。「まだ浸透していないものだからこそ、出せば大ヒットするチャンスがある。問題はRPGの面白さをどう伝えるかじゃないですか?」。中村氏の言葉にヒントを得た堀井氏は、当時、週刊少年ジャンプの編集長を務めていた鳥嶋氏に相談。彼はジャンプ購買層の子どものがPCを持っていない時代に「ただ自分が好き」という理由だけで『パソコンゲームのRPG特集』を企画し、『ウィザードリィ』『ウルティマ』『ブラックオニキス』といったマニアックなゲームを紹介したほどのRPGバカ。鳥嶋氏は、子供向けRPGのビジュアル的な広告塔にと当時人気連載中だった『Dr.スランプ』を漫画家・鳥山明氏を紹介。さらに、週刊少年ジャンプとのタイアップによる集中プロモーションの約束を取り付けた。これにより千田氏はプロジェクトにGOサインを出す。「よし、やってみよう!」。

「日本の子どもたちにRPGの面白さを伝える」─――ドラゴンクエストは、このような想いから生まれたファミコン用のRPGなのだ。

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slimeドラクエの原点、それは“RPGの面白さ”の追求redline

当時の子どもたちは、説明書を読まずにゲームをプレイしていた。つまり、感覚で「何をしなければならないのか?」が分からないゲームはすぐに遊ばれなくなる。コンピュータRPGの常識である「キャラクターメイキング」「職業(クラス)によるパーティ編成」「能力特性をふまえた戦略的なバトル」などは、いきなり敷居が高すぎた。堀井氏はゲームデザインにおいて、極力敷居を低くするように設定。その結果、RPGの面白さの原点にたどり着く。それが…、

 
主人公は成長し、成長すれば行けるところ・やれることが増える

…だったのだ。

『ウィザードリィ』を例に挙げてみよう。パーティはダンジョン≪狂王の試練場≫に入り、モンスターたちとの戦いに明け暮れる。ところがダンジョン内は常に死と隣り合わせ。一歩間違えれば、積み重ねてきた経験や財産、装備などをすべて失いかねない。だからこそ、プレイヤーは常に葛藤する。「もう少し進むか、ここで帰るか?」。このくり返しにより、レベルが上がり、装備が強くなり、少しずつ奥に進めるようになり、ダンジョンへの潜伏期間が長くなっていく。努力とその恩恵が明確であること。この面白さを『ドラゴンクエスト』は踏襲することになった。

ゲームスタート時は、ラダトーム場の周辺しか歩けない。少しでも遠くに進みすぎると、帰る途中で出会った敵にやられてしまうからだ。まだホイミを覚えず、薬草も満足に買えない。だからこそ、レベルがいくつか上がるまで、ひたすら城や街の周辺で戦闘に明け暮れ、経験値を稼ぐのだ。

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レベル4くらいになるとラダトームの街で噂になっていたガライの町を目指せるように。その途中、勇者ロトを祭った洞窟がある。本作における洞窟は松明がなければ何も見えない。しかも松明は使用時間が経過すると目視できる
範囲が狭くなっていくという特性が。万が一暗くなってしまったとしても出口に向かうことは可能なのだが、「ここから一生出られないのではないか」という心細さはストレスだ。ロトの洞窟は敵が出現しないため、「本作のダンジョンとはこういうものだ」という練習ステージになっているのだ。

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ガライの町では、ラダトーム王の娘・ローラ姫が東に連れ去られたという情報が聞ける。ラダトーム城の東へ進むと川がある。ここで注目したいのは本作では川を渡るごとに敵が強くなること。今まで戦いなれてきた敵とは違う新手の出現に、緊張は否応に高まる。そして、南の洞窟で行なわれる強敵ドラゴンとの死闘。ローラ姫の救出。それによって新たに示される竜王の城へ進むための道。できること・やれることは、ゲームが進めば進むほど増えていく。

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行動範囲の拡大化。それを子供向けに分かりやすく伝えるのは、ワイヤーフレームのダンジョンでは難しい。そのため、『ウルティマ』方式のトップビューによるフィールドタイプRPGにドラクエはなった。階層が変わるたびに敵が強くなっていく『ウィザードリィ』の仕様は、「橋」にアレンジされる。こうして『ドラゴンクエスト』は作られていったのだ。

よく「ドラゴンクエストの素晴らしい点はゲームバランスだ!」と言う人がある。当たり前だ。プレイヤーが慎重さと勇気をあわせ持ち、己の判断ひとつで生死が決定する世界で己の成長を楽しむためのゲームだ。バランスが悪ければ意味などない。

slimeあえて詳細な設定を作らないアレフガルドの謎
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アレフガルドには、近年のゲームにありがちな明確な設定がない。ラダトーム城は「城」であり、竜王は敵である「ドラゴン」であり、他の街には名前こそついているが、「魔物に滅ぼされた町」、「城塞都市」、「温泉の町」といった情報くらい。

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これも説明書を読まない子供向けだからこその作りだ。アレフガルドは誰もが一度は読んだことがある“悪い魔法使いや勇者が出てくる物語”そのもの。なんとなく知っている。なんとなく馴染みやすい。「ああいう物語で、王女を助け、ドラゴンを倒す勇者になればいいんだ」と、すぐ理解してプレイできることを前提としているのだ。

だからこそ、ドラゴンクエストは多くの子どもたちに受け入れられることになる。RPGの戦闘などプログラム的にはただのパラメーターの引き算とランダム要素の入った処理にすぎない。だが、「たった1ポイントの差で生き残った」、「助かりたい時に最悪の攻撃をくらった」という事実に、子どもたちは自分にしか見えない“ドラマ”を見た。それはあらすじが決まっている物語などではなくて、プロセスを自分の行動で作っていけるドラマ。それが、ドラゴンクエストがもたらした“新しいゲームの面白さ”だったのだと思う。

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ドラゴンクエストは、すべてにおいてオリジナリティあふれる作品では決してない。先人たちの模倣品という一面もたしかにある。しかし、“日本の多くの子どもたちにRPGの面白さを伝える”という成果をドラクエ以上に成し遂げた作品はない。まさに、国産RPGの歴史は、ドラゴンクエストから始まったといっても過言ではないという理由がここにある。

slimeドラゴンクエストの栄光と、かけられた呪い
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ここから先は、ドラゴンクエストシリーズの話になる。

『ドラゴンクエスト』は社会現象にまでなった。1986年の年末に発売された『ドラゴンクエストII』以降、ファミコンゲームの主流は一気にACTからRPGに変わってしまったほどだ。それほど、ドラクエ=RPGであり、ドラクエ=RPGとしての教科書であり、ゲーム業界に影響を与えた作品なのだ。FFを模倣した作品といえば『ハイレグ・ファンタジー』と『コズミックファンタジー4』ぐらいしかないが、ドラクエはあの時代のファミコンRPGのほとんどが模倣したほどだ。データイーストの『ヘラクレスの栄光』でさえ、二作目はドラクエを相当意識した作りになっている。

そんなドラゴンクエストの不幸は「成功しすぎた」という点に尽きるだろう。本来、子どもたちにRPGの面白さを伝えるという目的ではじまったドラゴンクエストシリーズは、キャラクターメイキング、パーティ編成というカタチにまで進化した『ドラゴンクエストIII』の段階で役割を終えていた。だが、莫大な富を生み出すビジネスにまで成長してしまったドラゴンクエストは、一人の一存で終わらせられない怪物になっていたのだ。それゆえ、『天空編』といわれる『ドラゴンクエストIV』以降は、「新しいRPGの面白さ」を今度は自分たちで創っていこうという意志が感じられて、個人的には高く評価したい。

だが、その一方でドラクエは“呪い”をかけられてもいた。それは、「ドラクエとはこういうものだ」というユーザーの意識である。あまりにも国産RPGに影響を与えすぎたからこそ、ドラクエは、ファミコン用のRPGのスタイルにも関わらず、大きく変化することをユーザーが許さなかったのだ。決定的な悲劇は、2000年に発売された『ドラゴンクエストVII』の際に起きる。若いユーザーから「ドラクエは古い」というイメージを持たれてしまったことだ。だがそれは避けられないこと。ドラゴンクエストの運命だったのような気がする。

2004年、『ドラゴンクエストVIII』で、ドラク
エは「ファミコン用のRPG」という楔から解き放たれ、「PS2用のRPG」として生まれ変わった。2009年の『ドラゴンクエストXI』では「ニンテンドーDSでしかできないRPG」へとさらなる進化を遂げる。シリーズにかけられた呪いは、全盛期ほどの影響力がなくなった今だからこそ解くことができたのだろう。活路を見出したドラクエが、本当に面白くなるのはこれからだ。

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slime高級食材だけが美味しさではないように、ゲームも…
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誤解が多いようなので付け加えておくが、堀井雄二氏は「ドラクエしか作れない人」ではなく、「ドラクエしか作ることを許されなくなった人」なのだ。ドリームプロジェクトとして名づけられた『クロノトリガー』。このプロジェクトに実は堀井氏はあまり深く関わっていない。彼が行なったのは、企画会議において一枚のペラをその場で書いて提出しただけ。

ところが、そこに書かれていた内容は、「タイムマシンを使っていくつかの時代に冒険するRPG」、「タイムマシンがあるから最初からラスボスに挑戦もできる」、「過去に影響を与えると、その後の歴史上の世界にも変化が起きる」、「タイムマシンを使って強さをそのままにした二周目がプレイできる」。これらはすべて、『クロノトリガー』の骨格となるアイデアだ。

スクウェアのスタッフたちが、そのペラを囲みながら「どうして紙切れ一枚だけでこんなにワクワクするんだろう」と感想を洩らしたというのは有名な話。神格化するつもりはないけれども、堀井雄二さんは本当にすごい人なんだと思う。個人的にはもっと別のゲームも作ってほしいものです。

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「ゲームとしての面白さ」。

その答えは人それぞれだと思う。ただ、それが分かっている人がこだわった作品には大抵ハズレがない。『ドラゴンクエスト』はまさにそんな逸品。派手さなんてない。内容は今のゲームに比べたら少ない。やり込み要素だってない。だから、過去の貧相なゲームに見えるかもしれない。しかし、一流のレストランで出される高級食材をふんだんに使ったコースメニューと、おばあちゃんがお腹が減った自分のために握ってくれた具のない塩おむすび、どちらが上手いなんて答えられるだろうか。どちらにも良さがあり、どちらも人を幸福にしてくれる。ゲームだって同じだとは思わないか。

このたび、Wiiで生誕25周年ということで『ドラゴンクエスト ロト三部作』がそのまま移植されることになった。「ファミコンのためのRPG」として生を受けたFC三部作。新しいユーザーに向けてグラフィックが強化したSFC三部作。このカタチでのリリースこそ、初期のドラゴンクエストにはふさわしいと、私は上記の理由により思っている。

スイッチを入れた先に広がるのは、今では粗雑に感じるドットで構築された草原。それは故郷といえるくらい懐かしい場所。休日のわずかに時間に勇者になる。また、アレフガルドの楽しむ日々も悪くない。

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