【雑談】 父の死。

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漫画奥の細道タイトル

そろそろ、通常の運営に戻ります。

昨年末に、父が他界しました。
「調子が悪いから、ちょっと入院することにしたわ」といって入院したのが11月末。
そのちょうど一ヵ月後、父は骨だけになって自分の書斎に帰ってくることに。
あまりにも早すぎる展開に、
気持ちが付いていかなかったというのが正直なところでした。

直接的な死因は、すい臓ガン。
“みえざる臓器”といわれ、進行中に自覚症状はほとんどなく、
意識したときにはもう手遅れといわれています。

12月は、会社に無理をいってほぼ毎日定時であがらせていただくことに。
そして、面会時間終了の30分だけ、父と会い、いろいろな話をしました。

「温泉に行こう。父さんと母さんと、それから奥さんと子供で。
 ちょっと高めの旅館に泊まって、
 おいしいものを食べて、たまにはのんびりしようよ。」

そういう私の提案を、ベッドの上で寝込んでいた父は嬉しそうに笑いました。
後日、母から聞いた話だと、
「あいつはああいうことを言ってくれていたけど、無理かもしれないなぁ。
 今までの入院とはちょっと違うからなぁ」
と、言っていたそうです。

日に日に痩せていく父。
不器用で頑固な父は、そんな弱っていく自分を息子である私に見せたくなかったのでしょう。
「見舞いなんかいいから、きちんと仕事しろ。リストラされるぞ。」
なんて言っていました。
かつて20年以上勤めた会社をリストラされた父の言葉の重さ。
それでも私は父のもとに通い続けました。

激しい痛みの伴う闘病生活は、少しずつ父を蝕んでいくようです。
温厚な父が顔をしかめながら、看護士さんに文句を言う。
わがままを言う。
自分の荷物が盗まれるのではないかという猜疑心が湧いてきたみたい。
そして、
「おう、ひさしぶりだな。一週間ぐらいか。
 ずいぶん痩せたんで、驚いただろう。はははは…。」
昨晩会ってから数時間しか経っていないのに、そんなことを言い出したり。
父が、少しずつ、変わっていってしまう。
それは、なんともいえない悲しみを私の心に植えつけました。

12月25日。
私のもとに届けられたのはサンタクロースからのプレゼントではなく、
「父、危篤」の知らせでした。
抗ガン剤の作用により、血液中のヘモグロビン、血小板、白血球の数が激減。
治療を行なっているが、「今夜が峠かもしれない」という宣告。
母と私は、ICUの前でひと晩を過ごしました。

翌日。父は一時的に持ち直しました。
なんとなく、「もう二度と機会がないかもしれない」と思った私は、
妻と息子(リュウ)を呼び寄せました。
リュウがベッドの横で父に呼びかけます。「おじいしゃん、がんばれー」。
父はカタカタカタと震わせながら腕を持ち上げ、
息子のアタマを不器用に何度か撫で、
ほとんど聞き取れないかすれた声ですが、たしかに「ありがとう、ありがとう…」と
言いました。

「リュウの幼稚園の運動会を見るまでは死ねない。」
父の口癖でした。
「あいつは運動神経がいいから、オレが走り方を教えてやるんだ。」
「一位になったところを、一番いい場所で写真を撮ってやるんだ。」
お医者様の話によると、もう声を出すことも、腕を上げることも、
本当に難しいといわれている状態。
それは、リュウを心より愛していた父が見せた、“最後の奇跡”だったのかもしれません。

その翌日。父は逝きました。
看取ったのは、私でした。
静かで、そしてあまりにも突然だった最期。
父は、“病魔と最後まで戦った戦士”として、この世を去ることになりました。

昭和の男らしく、頑固で不器用なところはあったけれども、
自分にとって何が大切かを知っていて、
そのことに目一杯の愛情を注ぐことを一生涯貫いた父。
あなたの生き方は、最高にカッコイイと思います。
そして私も、そんな生き方を貫いていければとあらためて思いました。

『レトロゲームレイダース 最後のゲー戦』。
いよいよ、通常運営に戻っていきたいと思います。m(_ _)m