【名作発掘】 『スーパーマリオブラザーズ』──「“スーパー”ってのはこういうことさ」と、そのイタリア人は笑った。

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イタリアン配管工がキノコを食べたとき、
コンシューマゲームの歴史が大きく動いた。

ブログ代表
こんにちわ、レトロゲームレイダースジョーンズ博士です。

今回発掘した作品は、任天堂が1985年9月13日に発売したファミコン用ソフト『スーパーマリオブラザーズ』です。今日までつづく、スーパーマリオシリーズの記念すべき1作目であり、その存在を知らない人はゲーム人類の中にはいないほどの超有名作品です。

ちなみに私はモルディブに旅行したとき、海上コテージのハンモックでこの作品をプレイしていると、隣のコテージに泊まっていたビキニ姿の金髪女性が「Oh! MARIO?」と聞いてきたので、「Yes! SUPER MARIO,so fun!」と答えました。この例からも分かるとおり、BGMが世界共通言語になるほど、スーパーマリオがゲーム(特にコンシューマゲーム)に与えた影響力は絶大です。

そんな『スーパーマリオブラザーズ』の魅力に、今回は迫っていきましょう。

こちらのmp3は、leSYNさんの制作されたものを使わせていただきました。
下記のサイトよりDLすることができます。名曲ばかり&アレンジが素晴らしいです。

leSYN情報発信所 EXTRA

Super Mario Bros売れない三流キャラは、キノコと出会って変わった。
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マリオ(芸名/本名不明)は、今でこそ「彼が動けば数億の金が動く」といわれるほどのゲームキャラのスターにまでのし上がりましたが、そんな彼にも過酷な下積み時代があったことを忘れてはなりません。

彼のデビューは1981年。アーケード版の『ドンキーコング』でした。

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(記念すべきデビュー作、アーケード版ドンキーコングより)

本来は、当時の任天堂がやたらと肩入れをしていたメリケンキャラのポパイが主役を張る予定だったと聞きます。しかし、契約の問題でポパイが使えないということになり、急遽配役が決まったのがマリオでした。

野生のゴリラを相手に、投げつけられてくるタルをジャンプでかわし、時にはハンマーを持って破壊する。アクションヒーローばりの活躍&ヒロイン:レディとのラブシーン(熱い抱擁)などを熱演!結果として、任天堂のアーケードゲームとして初の成功を収めることになります。なお、この作品のプロデューサーは横井軍平氏(ゲームの神様)、ディレクターは宮本茂氏(マリオの生みの親)であり、彼らとマリオの信頼関係はここからはじまりました。

しかし翌年、1982年に任天堂が発売するゲーム&ウォッチ版の『ドンキーコング』では、まさかの主役交替を命じられてしまうマリオ。ゲー脳界の厳しさを実感するのでした。

「君はダッシュとジャンプしか取り得が無い。もっと芸風を広げないといけない。」と、プロデューサーから言われたのかなんなのか、『ドンキーコング』の続編である『ドンキーコングJr.』では悪役に初挑戦!ドンキーコングJr.と対決するヴィランとして好演するのですが…。

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(マリオが複数の役をこなす、アーケード版ドンキーコングJr.より)

なんとシリーズ三作目の『ドンキーコング3』では、主人公の座を無名の新人「スタンリー」に取られ、端役をもらえることもなく、マリオは失意のどん底に落とされてしまうのです。

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(スタンリーに主役を奪われてしまった、ドンキーコング3)

生活をするために京都市錦小路通あたりの繁華街でバーテンのアルバイトに励むマリオ。しかし、日進月歩のゲー脳界。次から次へと新しいキャラクターが生まれていく中、「このままでは、自分はかつてゴリラと戦っていた人で終わってしまう…」。グラスをキュッキュッと磨きながら彼は焦っていました。

そんなときです。カランコロンと来客を告げる鐘の音。「いらっしゃいませ…」と振り向くと、そこにはあの横井プロデューサーと宮本ディレクターの姿が…!「探したよ、マリオくん」、「まあ、ドンキーコング3の件は水に流して、ビジネスの話をしようじゃあないか」。

それは、任天堂からの思わぬ申し出でした。「君をスターにするために、“兄弟”という設定をつくる」。それはプレーヤーにウソをつくということですよね、と食い下がるマリオに二人は話しかけます。「よく聞くんだ。叶姉妹だってユニットだ」、「こんなことはこの業界ではよくあることなんだよ」、「君も男なら聞き分けたまえ」。そんな会話がなされたかどうかは不明ですが、マリオはこの話を飲み、ふたたびゲームに出演することになります。

それが、1983年リリースのアーケード版『マリオブラザーズ』に繋がっていくのです。

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(紆余曲折合って生まれた?アーケード版マリオブラザーズ)

一般的には、マリオブラザーズの誕生はアーケード版といわれて
いますが、実は、アーケード版リリースの前にゲーム&ウォッチでマリオブラザーズがリリースされていたことはあまり知られていません。ゲームの舞台はビン工場で、二人はそこで働く肉体労働者という設定。マリオとルイージを演じていたのは、謎のシルエットマンでした。これに手ごたえを感じた任天堂は、新しいコンセプトでの『マリオブラザーズ』を画策することになります。

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(ついに出会う二人)

マリオがユニットを組むことになったルイージという男。身長はマリオより高く、ジャンプも高く、鼻も高い。ルックスもイケメンでした。そして何より、彼は野心のある男でした。

ルイージ
「おい、おっさん。オレはまだゲーム業界では無名だから、今回はアンタの名前を借りさせてもらうけど勘違いするなよな。マリオ、アンタはオレのジャンプ台だ。宮本サンは言っていたぜ。オレがスターダムに登ったら、デッカイマンション(オバケ屋敷)を用意してくれるってよ。だからアンタは、土管のスミで大人しく“マンマミ~ヤ”と喚いていろって。任天堂の看板はオレが背負ってやるからよ」。

マリオを黙っていません。

マリオ
「いいか、若造。覚えていろ。オレがキライな色を言ってやる。一番は“緑”、二番は“白”だ。すなわちお前が大嫌いということだ。ちょっとばかり足が速いからといって調子に乗るな。アクションで大事なのはグリップだ。狭い1ブロックの上でも立ち止まれるような器用さだ。お前にカンタンにくれてやるほど、オレが背負っているもの軽くは無いんだ。とっとと失せな!」。

まさに、一触即発! その楽屋での様子をモニターしていた宮本ディレクターはほくそ笑みます。「それでいい!すべては計画通りだ」。そう、『マリオブラザーズ』のコンセプトは2人同時プレイにおける心理戦。1人プレイでも100円、2人プレイでも100円という価格設定にはそんな読みがあったのです。当時のインストカードには、こう書かれています。

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「協力し合うか、それとも、裏切るか」

『マリオブラザーズ』は同年中に家庭用ゲーム機ファミコンにも移植され、マリオブラザーズの名は一気にお茶の間まで知れ渡ることとなりました。マリオとルイージ、二人の憎悪がプレーヤーにも伝わったのか、ゲームセンターも、一般宅のリビングも、血で血を洗うバトルロワイヤルがくり広げられ、リアルバウトに発展することも少なくなかったのです。

ヒットはしました。しかし、マリオの気は晴れません。マリオはルイージと組むことなく、単体でいくつかの作品に出演。それはまるで、ルイージがいなくてもヒットできる作品を追い求めているかのようでもありました。

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(ファミコン版テニスでは審判役)

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(ファミコン版ゴルフではプレーヤー役)

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(ファミコン版レッキングクルーではブラッキーと共演)

しかし、ある程度のヒットはしても、『マリオブラザーズ』以上の成果をあげることはできませんでした。「あの憎いあんちくしょう(=ルイージ)」と組まなければ、自分はヒット作を生み出せない。そんなジレンマに悩んだ彼は、「酒、飲まずにはいられない」の世界から、ついに一線を越えてしまいます。

それは、不思議なマッシュルームでした。

吸引方法は人それぞれですが、それを一たび吸えば、そこにはステキな世界が待っているのだとか。半信半疑のマリオが再び目を開けたとき、彼がいたのは「キノコ王国」でした。なんだかとっても体が軽い気がします。その気になればブロックも壊せそうな気がします。うふふ、うふふふ。笑いが止まりません。

ということだったか定かではありませんが、1985年のまだ暑さが残る9月、ついに『スーパーマリオブラザーズ』が発売されることになります。

Super Mario Brosコンシューマゲームとはこういうことさ
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『スーパーマリオブラザーズ』のヒット要因はいろいろあるのですが、もっとも大きいと思っているところは、「どんなゲームよりコンシューマのゲームだった点」だと思います。

当時のゲームのほとんどは、「上手くなれば先に進める」、「下手ならばいつまでも先に行けない」の鉄則を遵守したものばかり。そのカベの高さが、「ゲームを楽しめる人」、「ゲームを楽しめない人」を作っていました。PCゲームも、アーケードゲームも同様です。

本作も基本的には同じスタンス。しかし、次の点が画期的でした。

★ゲームシステムがシンプル
本作のステージクリアの条件は基本的にゴールにたどり着くだけ。
ステージ内にいる敵は倒しても倒さなくてもいい。
ステージ内にあるコインは取っても取らなくてもいい。
アクションはプロセスに過ぎず、上手くなれば相応の恩恵はあるものの、
先のステージに進むために必要なものではない。

★マリオの機数を増やしやすい
コインを100枚集めれば1UP。連続して敵を8匹倒せば1UP。
他にもステージ内に隠れている「1UPキノコ」を取れば機数は増える。
全滅してもワールドのはじめ
からやり直せるコンティニューもある。

★ワープゾーンがある
すべてのステージをクリアしていかなくても、先に進む方法はある。
苦手なステージを回避することも可能。
また、先のステージの難易度を体験して、自分に何が足りないかを知ることもできる。

端的に言えば、「アクションゲームとしてのやり応えは残しつつ、多くの人に遊べる間口を開いた」という点が、当時としては珍しく、「コンシューマゲームとはこうあるべきだ」という道を示したような作品だったのです。

もちろん、アクションパートの爽快性も忘れてはいけません。Bダッシュによる高速移動、そこからの大ジャンプ、連続攻撃、いかに効率よくクリアするか、コインを回収するか、最速クリアを目指すか、ノーダメージでやり過ごせるか。全てが自由。操作が上手くなればなるほど、自由にマリオを動かせるようになる。どんなステージも勧めるようになる。だからこそ、多くの人を楽しませ、愛されてきたのでしょう。

『スーパーマリオブラザーズ』は実に完成されたゲームシステムでした。

だからこそ、当時のプレーヤーたちが次に求めたのは、「マリオを動かせる新しいステージ」であり、それがファミコン版『テニス』を使った256ワールドのバグ技であったり、PC8801シリーズで発売されていた『スーパーマリオスペシャル』への渇望にもなりました。

後に発売されるディスクシステムでの続編『スーパーマリオブラザーズ2』が、新要素をほとんど入れず、ステージの変更や難易度の向上という方向性に進んだのも、プレーヤーからの要望が高かったからなのでしょう。もっとも、その道が正しかったのかどうかは別の話ですが(笑)。

社会現象にもなった本作のヒット以降、多くのゲームが「第二のマリオ」を目指しましたが轟沈していきました。それらの作品と本作は何が違っていたのか。この記事のポイントを踏まえてプレイしてみると、見えてくるものがあるかもしれません。そして、現在のマリオシリーズにも受け継がれているものが、なんとなく分かるのではないでしょうか。

プレーヤーに気概さえあれば、本作は今も充分に楽しめる名作なのです。

Super Mario Brosひさびさに、ワープなしでやってみた
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ま、こんなもんさ。

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