【土下座して謝りたい!】 日本を駄目にしていたのは、オレたちファミコン世代だったことが判明!

Pocket

やらないか
なんてこった! まったく自覚がありませんでした!

先日、私がいつも楽しく拝見させていただいているブログ『 ファミコンのネタ!! 』様に衝撃的な記事がアップされました。

ファミコン世代が日本をダメにしているそうです(反論あり)

こちらの記事では、とあるブログが紹介されており、その論調が

ドラクエとかファイナルファンタジーとかくだらない1本道RPGがオレは大嫌いだ。
オレの大好きな車のCMの音楽に使ってほしくない。
バラエティ番組とか低俗なのが増えた。
オレは全部嫌いだ。
全部、ファミコン世代のくだらない連中が悪いんだ。
 (ボンタイ

という、実に耳の痛い内容でした。※要約しています。

続いて、上記反響記事を踏まえたうえでの続報というべき記事では、このような論調を展開していました。

ファミコン世代はおたくかヤンキーしかいない。
ネット原住民で、低俗バラエティ番組が大好き。
どうせ団地に住んでて、ジャンクフードばっか食べてて、
本を読まないアホばかりという分析をしてみた。
 
ボンタイ

とのこと。当方アホの自覚はしていましたが本当に申し訳ありません。

結論から言うと、

ブログ代表
「ボンタイの管理人のような、
 視野の狭い評論バカとは仲良くなれないな!」

という感想をいだきました。

主義主張は誰にでもあるでしょうし、それを展開するのは、言論の自由が認められている日本では大いにやっていくべきこと。ただし、ファミコン世代がどうのという話、クルマのCMにゲームの曲が使われているという事実を、日本の大衆文化の低下に結びつけている展開には、「もう少し勉強しましょう」的なツッコミが入れられます。

記事では、トヨタのアクアのTVCMに、ドラゴンクエストやファイナルファンタジーの楽曲が使われている点が指摘されています。その点が稚拙だと。たしかにそれはそうでしょう。しかし、初音ミクの千本桜や、モンスターハンターの英雄の証も使用されているので、この時点でファミコン世代だけに向けたプロモーションではないことが分かります。

結論から言うと、これは現代の日本に向けられた実験的プロモーションです。今の日本において、購入ターゲットの人たちが何を考えているか、クルマに何を求めているか、どんな風にクルマのCMに印象を持っているか、クルマと自分の距離をどう考えているか。これらを踏まえたうえで、大してクルマに興味がなく、ステータスとしてよりも性能や価格を気にして、かつ、そこまでクルマに興味がないような人たちに向けて、「まず、耳を奪う」という目的で制作されたのが、あのTVCMです。

まず耳を奪え!「ドラクエ」楽曲を用いたトヨタ「アクア」CMの戦略

加えて、海外のクルマCMと比較する内容の記事が書かれていますが、上記で書いた通り、プロモーションとは、どんな購買層の人たちが、購入ターゲットの人たちが何を考えているか、クルマに何を求めているか、どんな風にクルマのCMに印象を持っているか、クルマと自分の距離をどう考えているか、さまざまな要素を踏まえたうえでの制作になるため、比較して物事を語るのならば、前提条件を同じにしなければなりません。残念なことに、そこまで考えられてはいないようです。

日本のクルマのTVCMが世界的に珍しいことは疑いようがありません。しかし、この管理人の論調の裏には、「クルマのTVCMはこうあるべきだ」という偏見があり、それをヨーロッパ、アメリカ、韓国のクルマCMを見て「これがクルマのCMのあるべき姿だ」とおっしゃっていますが、手法としては40年前から変わっていない使い古された展開であり、それをいまだに良しとしている欧州・米国・韓国の国民的センスもどうなのか?という話にもなりかねませんぜ。

まあ、何が言いたいかというと。

ファミコン世代が悪いという部分はたしかにあるでしょう。でも、すべてが悪いというほど、ファミコン世代という存在に影響力はないと思っています。日本は、バブルが崩壊してから20年以上、暗黒の時代を過ごしてきました。本当に暗黒の時代だったと思います。かつての日本の繁栄の象徴といえるもののほとんどが力を失い、国民は自信をなくし、自虐の習慣は加速しました。

私はこのブログで、「コンシューマゲームが衰退して理由は、ユーザーがバカだから」という話を何度もしています。自分でプレイするゲームを選ばず、他人の意見ばかりを参考にして、感想すらも他人の意見を参考にする。こんな自信のない購入者が多数を占める市場が、健全なわけがなく、続編と変化のないものばかりがあふれるのは必然であり、新しいものが生まれにくくなるのも当然です。しかし、時代が不安定なのですから、安定を求める志向性もまた分からなくありません。

どんなことも、過ぎてしまったことは仕方がありません。それでも人生は続いていくし、過去の失敗を糧にできるかゴミにしてしまうかは、今の自分が過去とどう向き合うかというだけの問題です。

否定からは何も生まれません。そして、盲目的な崇拝からも何も生まれません。学ぶということは、活かすということは、「何が良かったのか」をきちんと把握して、今の時代・目の前にある局面に合わせてその知識を使うこと。それが知恵となるのだと私は思います。

当ブログは、レトロゲームを懐かしむだけ、手放しに称えるだけのサイトではなく、上記のような用途になれるよう目指しています。その考えの違いもあって、

ブログ代表
「ボンタイの管理人のような、
 視野の狭い評論バカとは仲良くなれないな!」

という感想をいだきました。

1クリックお願いします記事が面白いと思ったら1クリックいただけると助かります!

▼ファミコンばんざーい!▼