ゲームレビュー概論/ゼルダの伝説 BREATH OF THE WILDのアマゾンレビューのいいところ・悪いところを分析してみた!

Pocket

ゲームレビューとはどうあるべきか。


この記事は、2017年5月頃に「ゼルダの伝説 BREATH OF THE WILDのアマゾンレビューが感動的だ」とSNSでの拡散&ネットニュースで取り上げられたレビュー文について、冷静にいいところ・悪いところを紐解いていくという内容です。

ブログ代表
レトロゲームレイダース/ジョーンズ博士です。

今回の講義は、レトロゲームレビュー概論です。2017年5月頃に感動的だとネットを騒がせた「ゼルダの伝説 BREATH OF THE WILDのアマゾンレビュー」について、冷静に分析をしていきたいと思います。

今回は、ゲームレビューが主軸の講義であるため、『ゼルダの伝説 BREATH OF THE WILD』については解説は割愛させていただきます。

レビュー文
redline

▼▼▼▼ ココカラ ▼▼▼▼▼

所謂リーマンと呼ばれる社会人です。

通勤ラッシュに揉まれ、顧客にも上司にも頭下げ、後輩の育成押し付けられて色々やってる内に連日残業。通勤途中で見える、名前も知らない山にもイラっとする。
フラフラで帰ってきたらメシ食う力も無く、酒飲んで寝る。ゲームする時間あるなら、セミナー行ったり婚活しないとと、無駄に焦る。俺なんで生きてんだろと素で思う日々。
切れた酒買いに行った日に見たSwitch店頭販売で思い出した。子供の頃マリオ64にドハマリしてた頃に、「今時マリオとかだっせ!PSだろ」と友人に言われ恥ずかしく思った事。あの時俺は友達に嫌われたくない一心で、「確かにもうマリオは古いよな!」と返した事も。
あの当時のFF7の美しさと、CDをテレビで聞けるという衝撃は、今の子には分からない感覚かもしれない。それだけ当時の子供には魅力的で革新的だった。
何故あの時Switchを手に取ったか今でもよくわからない。ただビール片手に、つまらなければ売ればいいと思って本体とゼルダを購入した。
出勤日だった昨日、電車の窓から見えた名前も知らない山を見て、「登れそう」と思った瞬間、涙が溢れて止まらなかった。傍にいた同世代のリーマン達には「なんだコイツ」と思われた事だろう。
時間に追われ、現状維持の為に憎まれてでも日々併走するリーマン仲間にこそ薦めたい。たかがゲームとは言わないでくれ。俺達はゲーム黄金期に生まれた。

マリオのジャンプで家族が体ごと動かすのを見たことはないか?
マリカースマブラと、コントローラー持ち寄って遊んだ記憶はないか?
クロノトリガーやFF7の攻略を友人と話し合った事は無いか?

今だから分かる。クソガキだった俺に、両親が誕生日やクリスマスやらで、クソ高いハードやらソフトやらを買ってくれた事。ガミガミうるさい傍らで、俺の為に家の金捻出して高いゲームを買ってくれた事。
自分の生活に一生懸命で気付かなかった事に、今更気づいて感動してる。
もっと親孝行すべきだった。
★5レビューが良い物ばかりだから今更俺が語る事は何もない。このゼルダは、俺が忘れた「挑戦と報酬」を与えてくれる。地図無き世界を自由に探索できる、ワクワクする冒険が体験できる。
同世代の俺達は明日を凌ぐために日々病んでいる。だが人生に失望しないでくれ。こんな所に、俺が望んでいた冒険があったんだと。
PS
今作のゼルダに感謝したい気持ちと、マリオ64開発スタッフと任天堂に謝罪したい気持ちでいっぱいだ。マリオ64が大好きだった癖に古いと言った、あの日の嘘を謝りたい。冬のマリオオデッセイ、心から楽しみにしています。

▲▲▲▲▲ ココマデ ▲▲▲▲▲

ジョーンズの感想
redline

はじめに断っておきますが、ディスる気はありません。

ネットで賑わっていた頃から思っていましたが、個人的な感想としては「共感はできる」が「感動はしなかった」と感じています。

ツッコミ要素を先に書いておくと、後半の両親への感謝のくだりは、「うわっ、なんかこの人スイッチ入っちゃってるよ、キモイ」的な要素が鼻につきます。

なぜ、そう感じてしまうか。それは、ゼルダから両親への感謝に移行する心境変化のプロセスに触れられていないからです。ゆえに、展開が唐突すぎるのです。

おそらく心境変化は以下のようなプロセスがあったと予想されます。

▼名前も知らない山を見て登れそうだと思った
▼その事実に気づいて、久しく感じていなかったゲームの面白さを思い出した
▼こんなに面白いと感じたのは何時ぶりだろう
▼あれだ、マリオ64にハマっていたときだ
▼あれが最後だ
▼なんでそうなっちゃったのかな?
▼友達にこれからはPSだと言われて、本心を隠したときからだ
▼思えばあれからずっと、本心を隠して周囲に合わせてきたのかもしれない
▼俺の人生、そんなんばっかりだよな
▼64買ってくれた、両親に悪いことしたよな
▼64っていくらだったっけ?安くはなかったよな
▼あのあと、PSもねだって買ってもらったっけ?
▼ガキだった俺は全然ありがたみを感じなかったけどスゴイことだよな
▼俺、全然分かっていなかったな
▼とうさん、かあさん、ごめんな

おそらくこんな感じだったと思われますが、その記述がまったくない唐突さがあります。

では、レビューとして成立しないのか?というとそんなことはありません。

なぜなら、心境変化のプロセスが書かれていなくても、読み手には理解できるからです。言わんとしていることが理解できるからです。それはなぜか。書かれている内容に「共感」できるからです。

上記プロセスは多くの人が理解できる内容だと思います。そして「俺は違う」と言いづらい「いい話」です。だから多くの支持を集めることができたのでしょう。

では、ゲームレビューとしてはどうなのでしょうか?

『ゼルダの伝説 BREATH OF THE WILD』のゲーム内容については、ほとんど記述がありません。しかし、書かれている内容は実は的を射ています。それはここ。

> こんな所に、俺が望んでいた冒険があったんだ

このひと言は、『ゼルダの伝説 BREATH OF THE WILD』のオープンエアの面白さの本質です。そして、ニンテンドー
スイッチの購買層であり、かつてニンテンドー64などで遊んでいた20~30代の会社員に「童心に帰れるゲームらしいゲームは今の生活に潤いを与えてくれる」という、この作品があることによって得られるライフスタイルの提示という機能も持たせています。

一見すると、ゲームレビューとしては欠損だらけのものに見えますが、実は、嫌味なく、ゲームの話と忌避されることなく、『ゼルダの伝説 BREATH OF THE WILD』の購買につながる心のトリガーを引かせる、高度なことが成立されているのです。

では、レビュー文の展開を分析してみましょう。

ジョーンズの分析
redline

所謂リーマンと呼ばれる社会人です。
↑↑↑
まずは自己紹介から。自分が何者であるかを明確にしています。長く語らないところが上手い。なぜならそれで離脱が発生しかねないから。簡潔に明確に「オマエらといっしょだよ」と伝えています。

通勤ラッシュに揉まれ、顧客にも上司にも頭下げ、後輩の育成押し付けられて色々やってる内に連日残業。通勤途中で見える、名前も知らない山にもイラっとする。


フラフラで帰ってきたらメシ食う力も無く、酒飲んで寝る。ゲームする時間あるなら、セミナー行ったり婚活しないとと、無駄に焦る。俺なんで生きてんだろと素で思う日々。
↑↑↑
自身の経済状況がそこまで裕福ではないこと。どこにでもいる会社員であること。よくあるストレスを抱えて生きていること。それらを伝えることで「よくいる人間であること」を印象付け、読み手のガードを下げさせます。なるほど、警戒心を抱きませんよね。

多くの人が共感できる内容なので、スルスルーと読めてしまいます。そして、次のスイッチを買うという話が、ゲーマーがゲームを買うのではなく、一般的な会社員が気まぐれでゲームを買ったんだと印象付けるために、欠かせない大事な要素です。

切れた酒買いに行った日に見たSwitch店頭販売で思い出した。子供の頃マリオ64にドハマリしてた頃に、「今時マリオとかだっせ!PSだろ」と友人に言われ恥ずかしく思った事。あの時俺は友達に嫌われたくない一心で、「確かにもうマリオは古いよな!」と返した事も。

 

あの当時のFF7の美しさと、CDをテレビで聞けるという衝撃は、今の子には分からない感覚かもしれない。それだけ当時の子供には魅力的で革新的だった。

 

何故あの時Switchを手に取ったか今でもよくわからない。ただビール片手に、つまらなければ売ればいいと思って本体とゼルダを購入した。
↑↑↑
共感させるネタを盛り込むことで、気がついたら「スイッチを買う」という非ゲーマーなら共感しづらい内容を心地よくスルーさせています。でも冷静に考えると、ビール片手にスイッチを買うというシチュエーションはおかしいです。

出勤日だった昨日、電車の窓から見えた名前も知らない山を見て、「登れそう」と思った瞬間、涙が溢れて止まらなかった。傍にいた同世代のリーマン達には「なんだコイツ」と思われた事だろう。

↑↑↑
ここから急展開。「えっ、何が起こったの?」と読者をくぎ付けにする機能がここにあります。

時間に追われ、現状維持の為に憎まれてでも日々併走するリーマン仲間にこそ薦めたい。たかがゲームとは言わないでくれ。俺達はゲーム黄金期に生まれた。

マリオのジャンプで家族が体ごと動かすのを見たことはないか?
マリカースマブラと、コントローラー持ち寄って遊んだ記憶はないか?
クロノトリガーやFF7の攻略を友人と話し合った事は無いか?


今だから分かる。クソガキだった俺に、両親が誕生日やクリスマスやらで、クソ高いハードやらソフトやらを買ってくれた事。ガミガミうるさい傍らで、俺の為に家の金捻出して高いゲームを買ってくれた事。

 

自分の生活に一生懸命で気付かなかった事に、今更気づいて感動してる。

もっと親孝行すべきだった。
↑↑↑
ありがちな展開なら「このゲームのどこがスゴイか」という話になるものだが、なかなかゲームの話はしません。それよりもひたすら共感を得るためのフレーズがつづきます。そして、共感できることばかりなので読み手は否定できない、否定する気持ちが湧かないのです。

そして、話を親への感謝につなげているところがポイント。これがただ、「昔のゲームって面白かったよね」という話ならフツウなのですが、「社会人になった子供が親に感謝する」という内容に流れていくため、イイ話という印象操作が密かに行われている。

★5レビューが良い物ばかりだから今更俺が語る事は何もない。このゼルダは、俺が忘れた「挑戦と報酬」を与えてくれる。地図無き世界を自由に探索できる、ワクワクする冒険が体験できる。


同世代の俺達は明日を凌ぐために日々病んでいる。だが人生に失望しないでくれ。こんな所に、俺が望んでいた冒険があったんだと。

↑↑↑
ここまできても、あえてゲームについては語りません。語らないことで作品に対して褒めるアプローチになっている点が上手い。しかし、よく注意して見てみると、おかしなところがあります。それは、「俺が忘れた挑戦と報酬」というくだり。

たしかに、『ゼルダの伝説 BREATH OF THE WILD』のゲーム的な特長ではありますが、これまでの文章に比べると商品特性への指摘が的確すぎる気がしませんか。そもそも前述の話のどこにも、挑戦と報酬について触れられていないにも関わらずです。

むしろ、この方の生活を想像するに、日々の生活は挑戦と報酬だらけではないでしょうか。前半の話を汲むと、仕事において挑戦に対して報酬が少ないという状況であり、挑戦と報酬を忘れられる状況ではないのでは。

最後の展開も、「日々病んでいる」「人生に失望しないでくれ」という話に対して、「こういう息抜きの仕方がある」という展開なら自然なのですが、「冒険があったんだ」と言っているところにも不自然さがあります。病む、失望というネガティブに対する回答としては答えがねじれています。

これは彼の文章力の問題と片づけることもできるが、意図的に「商品紹介
にしない」というようにも見えます。そう、意図を感じます。なぜなら、カスタマーレビューで高得点をつける人の心理としては「商品をオススメしたい」に着地するのが自然だと思うのですが、「冒険がある」はメリット提示としてゲーム購入を想起させるにはアプローチが絶妙すぎるのです。

PS
今作のゼルダに感謝したい気持ちと、マリオ64開発スタッフと任天堂に謝罪したい気持ちでいっぱいだ。マリオ64が大好きだった癖に古いと言った、あの日の嘘を謝りたい。冬のマリオオデッセイ、心から楽しみにしています。

↑↑↑
素人らしさを出したシメの追記だが、逆の発想をすれば、あえて商業アピールを消すためにダサさを演出したとも取れます。

結論
redline

これって、任天堂もしくはそれに組する者が行なった、SNSでのバズを狙ったプロモーション(ステルスマーケティング)かもしれない。これが、ジョーンズの見解です。

それだけこのカスタマーレビューは素人が偶然書いたものにしては機能的な完成度が高すぎると思っています。素人はなかなかこれほどのものを書けません。もっともこのレビューを書いたカスタマーが、営業職を生業として商品提案に優れていたとしたら相当優秀な方でしょう。

現在は4アイテムのレビューを書いていますが、『ゼルダの伝説 BREATH OF THE WILD』のカスタマーレビュー発表時は、その1つしかアップしていませんでした。ここもアヤシイところではあります。

とはいえ、私は陰謀論を語りたいわけではありません。

ぶっちゃけ、真実もどうでもいいのです。

今回の記事で言いたいことは以下のこと。

ゲームレビューを書くときに大切なのは、「自分が何を伝えたいのか」という目的が大前提として必要ですが、「それを相手に伝えるためには、どういう手段が必要なのかを考えていく」というプロセスが欠かせないということです。

今回は、ネットで話題になったアマゾンカスタマーレビューを題材として取り上げましたが、このレビューを読んで「感動した」としか感想が出てこないのなら、以下のことを気を付けてみましょう。

感動したのならなぜ感動したのか。どこに感動したのか。どの言葉に感動したのか。

自分の中にある答えを探していく必要があります。

探っていく中で、実は感動していなかった、感動していた気になっていた、と気づく場合もあります。でも、いい印象は持ったのならそれはなぜなのか。つきとめなければなりません。

その答えは、合っていても、間違っていてもいいのです。あなたがそう思ったということは間違いなく真実なわけですから。

そこまで行きついたとき、人は自分の言葉でそのことを語れます。大切なのは、自分の言葉で語れることです。それが、ゲームレビューにかぎらず、すべてのレビュー文における最初の一歩だと思います。

私の場合、『ゼルダの伝説 BREATH OF THE WILD』は、プレイしていて涙が出るほど面白いと感じました。子どもの頃に密かに思っていた「魔物がいるファンタジーの世界に行って冒険したいなぁ」という夢を叶えてくれるものだったといえます。子どもの頃に、街並みや空き地や林をダンジョンに見立て、木の棒を剣に見立てて、遊んだ感覚が甦る作品でした。あのカスタマーレビューで言わんとすることはほぼ共感できます。たたせし、あのレビューはテクニシャンすぎるとも思いました。

↑↑↑
これが私が感じたこと。私の言葉で書いたもの。個性と特徴が出てくると思いませんか。

ゲームレビューが上手く書けないという方は、今回の記事に書いた後半部分の技法を試してみてください。

1クリックお願いします記事が面白いと思ったら1クリックいただけると助かります!

  

Similar Posts: