
ツイッターでフォローしていただいている【ゲーム探偵198X】こと鯨武長之介さんが、『カクヨム』で連載されていた奥さまとの出会いを書いた『モノクローム・サイダー』を大幅改稿して出版された『モノクローム・サイダー あの日の君とレトロゲームへ』。この記事は税別1100円で購入した読者としての書評となります。未購入の方は購入時の一意見として参考にしていただければ幸いです。
こんばんわ、レトロゲームレイダース/ジョーンズ博士です。
今回レビューするのは、ツイッターアカウント【ゲーム探偵198X】こと鯨武長之介さんが奥さまとの出会いを描いた恋愛エッセイ『モノクローム・サイダー あの日の君とレトロゲームへ』。レトロゲームの魅力を伝えていく活動をしている非常に好感が持てる同志といえる方の著書をレビューさせていただきたいと思います。
結論からいうと、本作はつまらないです。ゲームでいったらクソゲーです。3回読み返してみたけど、やっぱり面白くありませんでした。
セガサターン最高の期待値と最悪のクオリティでゲーマーを奈落につき落とした『センチメンタル・グラフティ』級に、面白くないことを覚悟しておいたほうがいいかもしれません。(何を面白いと感じるかは1人ひとり違うものですから)
私の場合は、期待値に問題がありました。「中田永一さんの『百瀬、こっちを向いて。』(←名作!)のレトロゲーマー版みたいなものを期待していたら、想像していた以上にただの奥さまへのラブレターだった」という印象です。もちろん、それが悪いというわけではありません。しかし、読み物としては物足りないというのが率直な感想です。
そんな本作の感想として他の人も挙げているのが、「読みづらい問題」。私も直面しました。悪文というわけではないのです。むしろ読みやすい文体です。にもかかわらず、本作は読むのにとてもパワーがかかってしまう。時間がかかってしまう。その正体は何なのでしょうか。その正体をつき止めるために何度も読み返したといっても過言ではありません。
結果として導き出した答えは、「主人公に共感できないこと」でした。
本作の主人公である高校生:百式長之介くんは、私の高校時代とほぼ同じような日々を暮らしており、同じような境遇なわけですが、正直3回読んでもイマイチ共感ができませんでした。本作は、「女子と無縁だったゲーマー男子が同級生の女の子に勇気を出して告白する」というストーリーなわけで、読み手が百式長之介くんを応援したい気持ちになるかどうかが、評価の分かれ道になるかと思います。
私の場合は、「共感できない ⇒ 応援したい気持ちが起きない ⇒ 面白くない」というBADエンドというルートに迷い込んでしまったのでしょう。
なぜ、共感できないのでしょうか。
たぶん、私の心が狭いことが原因だと思うのですが、「作者の俺の奥さん最高なんだぜ感」「俺はいまとてもラブラブなんだぜ感」を強く感じてしまい、拒否反応が出てしまったんだと思います。
これは構成に問題があって、各章の合間に「あの頃の俺どうだった?」「私も緊張したよ」的な、現代から過去の2人をふり返るパートがあるのですが、個人的にはそれがキツかったです。
結婚が決まった後輩カップルを祝うために飲み会を開いたことを、思い出しました。
2人が主役ということで、馴れ初めは?普段どんな会話しているの?とか、最初は好意的に質問していたんだけど、2人にスイッチが入っちゃって、ずっとのろけ話。それでもその時の会は2人が主役だったからそれでいいと思っていたんだけど、その後日に開かれた忘年会・新年会でも、当人たちが「この話題みんな知りたがっているみたいだからなんでも答えまーす」みたいなコーナーを立ち上げて顰蹙買って。それに気が付かない2人は、2月の結婚式でポエムの朗読みたいな20分くらいのムービーを流されて、みんなゲンナリしたという経験が私にはあります。本作を読んだ時のザワつき感は、その感じによく似ているかもしれません。
最初は祝福していたことが、だんだん「まだ話しているのかよ」的な心持になってきて、「お前らのことなんてどうでもいいわ!」になっていく…ような。実話ベースということで、鯨武長之介さんと奥さまとお子さまたちには微笑ましく暮らしてほしいと本心で思いつつ、「正直この話はもういいや」と思う自分もいる。そういう黒い感情を抱いてしまうのですが、ご家族をディスるみたいで、マイナスな面をレビューとして書きづらい。カドが立つし。「エッセイって究極何を書いてもいいわけだから、批評するのもおかしいかな…」と思いつつも、「よくよく考えたら税別1100円も払ってなんでこんなに気をつかわないといけないんだ、俺は客だぞ」とか、いろいろ悩んだ末にこの記事を書いています。
というかね。
作家:鯨武長之介さんに一番足りないものは「読者へのサービス精神」だと感じました。作家でも何でもない私から忠告です。なので、的外れかもしれません。
本作を読んでいて感じるのは、「自分と家族のこと」だけしか考えられていないということ。読み手がどう感じるか、読み手にどう思わせたいかが弱い。ツイッターのつぶやきやブログ記事はそれでいいんだけど、お金が入ってくる仕事になるなら(今回のはちょっと違うかもしれないけど)、読み手に値段分の満足を与えるというサービス精神・価値提示は必要だと思います。
本作は、一歩を踏み出せないすべての人たちへの応援歌的なメッセージがあると思いますが、この本ではそれが蛇足、本当に付け足しくらいのものにしかなってなくて、作者の「奥さん大好き!」< /span>しか伝わってきません。その作風を否定するつもりはありませんが、ファンやフォロワーといった周囲の温情があって初めて成り立つもの。逆に言えばそれ以外では通用しません。
であるならば、ファンやフォロワーにとってこの本は何なのか。どういう役割を持つのか。どういう使われかたをするのか。どう読まれたいのか。私には価値が見えませんでした。無料で読めるものなら読む。では、お金を払って読まれる価値があるものなのか。どうなのでしょう。
「勇気をもらった!」「何度も読み返したい!」と思われる作品にするためには、もっと多くの読者に共感されるように、もっと自身の心情をくわしく描写してみるといいと思います。本作は心情や葛藤を淡々と描きすぎ&ゲームネタに頼りすぎです。ひょっとしたら、それは照れくささによるものかもしれませんし、ゲームネタで笑わせようとしたサービス精神かもしれませんが、これによって、内容が浅く薄くなっており、結果、作品は「昔あった出来事を伝える」という機能しか持てなくなっており、「奥さまへのラブレター以上でも以下でもないモノ」となっているのではないでしょうか。
私は、他人が書いた奥さまへのラブレターを盗み見る趣味もなければ、もっと言えば奥さまへのラブレターを他人に見せたいという欲求もありません。そして、作者の奥さまを愛していることも、自慢の奥さまであることも強く伝わってくるんだけど、それを大声で発信してしまうことの滑稽さを感じてしまい、同じ妻帯者としてある種のいたたまれなさもあります。理解・共感できないだけでなく、生理的に受け付けない面もあったので、好意的に二人の行く末を見守りたいというあたたかい気持ちになれなかったのでしょう。たぶん。
いろいろ書きましたが、これは心が狭い私個人の感想にすぎません。もっと心の広い他の人が読んだら、別の感想になるのでしょう。私が少数派である可能性も大です。
本作のような作品は、いくらでも現実を美化したり、誇張したり、ストーリーにメリハリをつけるといった改変が可能だったと思います。でも、それはしなかった。それは鯨武長之介さん自身が、現実の自分と、現実の奥様と、現実に起こったことを、とても大切にしているからでしょう。現実に起こった奇跡みたいな体験だったからこそ、ウソをつきたくなかったのだと思います。
不器用かもしれませんが、そんな彼の一途さは誰もがかつて持っていたけどどこかで汚してしまったり無くしてしまったものであり、21世紀のレトロゲーム界隈における清涼剤のようなもの。私にとっては鯨武長之介さんの存在自体が『モノクローム・サイダー』だったという感想でした。
次回はもうちょっと面白いものを書いてほしいです。ンゴ。