
人生には、サウンドノベルと同じように、「あっ、ここが分岐だ!」と分かる瞬間があります。俺にとって、MSXとの出会いは、まさに運命のそれでした。
小学校の友だちのヒカルくん(仮名)の家はお金持ちで、お金持ちしか住めないという高級住宅地に大きな家を構えており、広いリビングにでっかいソファーがある邸宅でした。ここのお母さんが厳格な人で、友だちが家に上がるのは原則禁止。一部の認められたヒカルくんの友だちだけが家に上がることを許されていました。
かくいう俺は、学年でトップクラスの成績優秀者であり、学級委員を歴任していたこともあり、ヒカルのお母様から入室を許可されている数少ない友だちの一人でした。しかし、家に上がるとすぐにお風呂場に連れていかれ、手と足を石鹸で洗わないといけなかったりして、なんというか、ヒカルくんの家はそういう家だったのです。
「見せたいものがあるんだ」
ヒカルくんにそう言われて初めてお邪魔したヒカルくんの部屋。そこは、雑誌に載っていたパソコンの広告に出ているような理想の部屋でした。小学生なのに自室があり、その自室に自分用のテレビがあり、ステレオがあり、コーラ缶を入れておく小型の冷蔵庫がある。早い話が、お金持ちの子どもの部屋でした。ヒカルくんが指さしたのは、テレビの前に置いてある硝子テーブルに乗っている黒いもの。メガドライブ?いいえ、違います。それは、MSX2でした。正確には、SONYのMSX2 F1XDです。
それは、初めて見るMSX。俺のMSX童貞を奪ったのはSONYでした。マシンから立ち上る新品の匂いが今でも思い出されます。
しかし、ヒカルくんが見せたかったのは、MSX2 F1XDではありませんでした。何やら箱を持ってきます。それは、まるで外国の本屋に売っている分厚い本のようなパッケージ。開けてみると、新鮮なビニールとプラスチックの香りが鼻孔を刺激します。中には、厚めの装丁がされている本が1冊、薄いマニュアルが1冊、そしてフロッピーディスクが1枚入っていました。ヒカルくんはそのフロッピーディスクを取ると、MSX2 F1XDの右上方に備え付けられているディスクドライブに入れます。ガチン!そのフロッピーがドライブに挿入された音は、ファミコンディスクシステムにディスクカードが挿入された時の音より大人な感じがしました。少し勃起しました。
そんな俺の耳に、美しいPSGで奏でられる美しいメロディ。そして、テレビ画面には大きな水晶玉(後に判明するが黒真珠)を手前に持ったハダカのきれいなお姉さんのグラフィックが表示されていきます。そして、その女の人の前に、雑なようでいて美しく書かれた『イース』の文字。

な、な、な、なんじゃこりゃー!?
この時、俺が受けた衝撃の大きさを、文字で表現できないのはとてもはがゆい。大げさではなく、脳の中で何かが壊れた。もしくは弾けた。いや、奪われたのかもしれない。これが、俺が初めて出会ったパソコンゲームであり、そのタイトルが『イース』であったことが幸福なのか不幸なのか、今でもよく分かりません。以来、俺は『イース』に長い間取り憑かれることになるのでした。
MSX2版『イース』は、ほとんどファミコンのゲームしか知らなかった俺に大きな衝撃を与えました。ファミコンでは絶対に出ない色数で描かれたミネアの町、そして武器屋や防具屋、占い師のサラ。草原に出れば、今まで聞いたことがないほど勇ましいBGM「first step towards wars」が流れ、敵とのバトルは半キャラずらしという一見単純な敵に対して半キャラずらして体当たりするというものでありながら、その位置取りにはコツがあり、油断すると連続攻撃を喰らってしまう。こんなにハラハラしたアクションは初めてでした。そして舞台は、草原を抜け、森の中にあるゼピック村、そしてサルモンの神殿へ。レベルが上がったり、武器防具が新しくなるグンと強くなる。神殿の地下に幽閉されている謎の美少女。そして、少しずつ明らかになっていく古代王国イースの謎…。
慣れないテンキー操作で2時間近く遊んで、俺はヒカルくんに言いました。「このゲームはすごいっ!」。ヒカルくんは頷きます。「そうなんだよ、すごいんだよ」。
俺は思いました。ファミコンなんかやっている場合じゃない。俺は、『MSX』と『イース』を手に入れなければならないと。しかし、ヒカルくんからMSX2 F1XDとMSX2版『イース』の値段を聞いて俺は愕然としました。それはファミコンが4台買えるような値段だったのです。時は1988年の夏。ちょうど昨年末にファミコンと同じくらいの価格であるディスクシステムを買ってもらったばかり。あの時のお父さんの奮闘に感謝しているのは事実ですが、まさか半年後にこんな出会いが待っているとは。どう考えても買ってもらうのは無理です。
仕方がないので、俺はヒカルくんの家に通い続けることにします。
そして、テンキー操作でラスボスであるダルク・ファクトを倒した俺に、ヒカルくんは「おめでとう。君は次のチャプターに進む資格を得た」と言い、『イースII』のパッケージを見せるのでした。これか。小倉智昭さんが司会を務める『パソコンサンデー』という番組で、パソコンにくわしそうなお兄さん(山下章さん)が「すごいんですよー」と紹介していたのは。俺は『イース』のエンディングの興奮冷めやらぬ状態で『イースII』をスタートします。
暗闇の中、突如現れるローブの男。「ダームの塔が沈黙しました。いかがいたしましょうか?」。そして、奥に見える謎のオブジェが怪しく輝く。「面白い。アドルとやらがどこまでやれるか、見てみるとしよう」「承知いたしました」。えっ!?何、こいつら。新しい敵!?そう思っている俺の目に突然入ってくる壁画と『イースII』の文字、耳に響いてくるアップテンポなBGM「to make the end of battle」。ゲームのオープニング曲は、荘厳でスローなものと思い込んでいた俺はぶったまげました。そして、画面に表示されるアニメーション。いい感じで終わった『イース』のエンディングは実はプロローグでしかなく、これから本当の戦いが始まることを、俺はビジュアルとサウンドで理解するのでした。そして、ふりむく美少女リリア。ひと目見た瞬間、「録画してえ!」と思う俺。

一度は諦めた『MSX』と『イース』。しかし、『イースII』のオープニングを見た俺は、何が何でも手に入れなければならない。そのためには鬼になる必要があると思いました。
その後も、俺はヒカルくんの家に通い続けます。
なぜか。MSXのことを勉強するためです。ヒカルくんは2年分くらいの『MSX-FAN』という徳間書店が出していたMSX専門誌を所有しており、そこには俺の知らないゲームの世界が広がっていました。しかも、MSXではゲームも作れるというではないですか。 『MSX-FAN』はMSXという未開のフロンティアのガイドブックのような存在だったのです。
純粋でした。最初は。ヒカルくんの本棚でパソコン専門誌『コンプティーク』に出会うまでは。『コンプティーク』という雑誌には『ちょっとエッチな福袋』という袋とじが付いており、ヒカルくんによって破かれたその袋とじの中身を俺は見て衝撃を受けます。内容は「ちょっとエッチ」どころの話ではありませんでした。俺の記憶が正しければ、〇〇アニメの作品紹介の中には、たぶん、見せてはいけない〇〇〇〇が〇〇〇〇なしでそのまま載っていたはずです。そして、パソコンにはエロゲーという世界があることも知ってしまいます。
『イース』と『イースII』を自宅で遊びたいという気持ちにウソはありません。しかし、MSX2が家にあれば、エロゲーも家で遊べる!という事実に俺は気が付いてしまったのです。かくして、俺に親からMSXを買ってもらうために一計を案じるのですが、その話はまた別の機会に…。
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