【雑談】なぜ、俺はレトロゲームをプレイするのか?


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こんにちは、レトロゲームレイダー/ジョーンズです。今回は、「俺はレトロゲームをプレイするのか?」という自分語りを少しばかりさせていただきます。

レトロゲームに向く理由

「レトロゲーマー」ってたくさんいらっしゃいますけど、レトロゲームと接する理由は「昔を懐かしむ」みたいに外野からはひとまとめで見られるかもしれないのですが、みんな同じではないと思うんですね。微妙に違う。もちろん、そこに対して「レトロゲーマーたる者、●●●であるべき」なんて言うつもりはなくて、そこは各々が好きに向き合えばいいと思うのですが、自分はなぜ、レトロゲームに惹かれるのかは、まじめに考えたほうがいいかもしれません。人間って、自分の気持ちを意外と分かっていないものですし、自分で自分の気持ちを偽ってしまうものですからね。

俺がレトロゲームに向き合う理由

それは、「取りこぼしたものを、取り戻していく」という感覚だと認識しています。

どういうことか。俺は自慢じゃないですけど、就職氷河期に就職して、以降ほとんどの時間を忙しい会社で忙しく暮らしてきたんですね。もうそろそろ20年になります。毎日、家に帰ってくるのは深夜。少ない休日は平日の疲労回復にあてて、社会人になってからまともにゲームわした記憶がほとんどありません。興味があるから買う。買うけどやる時間がないから積む。そんなゲームばかりが増えていく。それが俺にとっての2000年代だった気がします。

未解決・未完結のものが多い。

だから、それを消化していく、というのが俺がレトロゲームと向き合う理由なのだと思います。俺のブログ内でのレトロゲームの定義は、「新作以外の、旬をすぎた作品全般」と捉えているのは、それが理由です。

根底には、「新作じゃないという理由で、どんどん価格が下げられていき、まるで価値がなくなっているような扱いを受けているゲームたちを再評価して、その価値を再定義したい」という思いがあって、それが仕事を理由に全然できていない自分と決着をつけたいという現実と、作品が発売された時代にきちんと楽しめなかった作品をきちんと楽しみ直すという決意が、まるで呪いのようにこびりついているというか(笑)、そんな気がします。

卒業のタイミングを考える

CD-ROMのメディアとしての寿命が迫っていて。所持しているコレクションが軒並み無価値なものになる時は、刻一刻と迫っています。価値のあるうちに売って、まだメディアとしての寿命があるうちに欲しいと思っている人の手に渡ることが、コレクションルームで寝かしておくよりも意義がある気がしている今日この頃です。あくまでも俺個人の考えですが。

「卒業」というと、ゲーム全般から足を洗うみたいに思われがちですが、気になった作品を集めての毎日がブュッフェみたいなプレイスタイルではなく、本当に好きな作品だけを身のまわりにおいて気が向いた時だけプレイする小料理屋みたいなプレイスタイルに移行していくことが、自分にとっての「卒業」になる気がしています。

あいかわらず忙しい日々を送らせていただいています。今の会社では少なくないお給料をいただいているので、その分会社に貢献しないといけません。まあ、忙しいのが好きなんですよね。たぶん、長生きしないです。だからこそ、やりかけた仕事にはきっちりケリをつけておきたいと思う今日この頃です。

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